山影をたよりに――京都から東京へむかう秋の独り旅 京都駅をあとにした列車が東へと伸びる頃、窓外には淡い雲を透かして伊吹山が立ち上がっていた。晩秋の陽を受けてなお、どこか冬の匂いを帯びた白い稜線。その姿は、長い旅の途上にふと現れる“静かな指標”のようで、私の胸にもひとつの区切りを告げる。 四泊五日の京の独り旅は、回想と再会が幾重にも折り重なった日々であった。中学時代の友と紅葉の植物園で笑い合い、報恩講の伽藍に響く読経に耳を傾け、友人の快気を祝って杯を重ねた。智探庵の庭には、二ヶ月ぶりの風が吹き抜け、浅田造園の大将の手で整えられた青苔は、まるで旧友が背筋を伸ばして待っていてくれたようであった。 京都は、ただ美しいだけの町ではない。歳を重ねるほどに、過ぎし日々と静かに語り合う“内なる書斎”のようになる。朝ごとの植物園散歩では、木々の落葉が道にしずかに積もり、踏むたびに薄い音を立てた。あの音は、旅人の心の奥の扉をそっと開く鍵に似ていた。 東京へ戻る列車の窓に映るのは、やがて大きな陰影を従えた富士山である。頂に雪を抱き、ゆるやかに姿をあらわすその巨峰は、人生の折々にふいに訪れる“沈黙の導師”のよ
山影をたよりに――京都から東京へむかう秋の独り旅 京都駅をあとにした列車が東へと伸びる頃、窓外には淡い雲を透かして伊吹山が立ち上がっていた。晩秋の陽を受けてなお、どこか冬の匂いを帯びた白い稜線。その姿は、長い旅の途上にふと現れる“静かな指標”のようで、私の胸にもひとつの区切りを告げる。 四泊五日の京の独り旅は、回想と再会が幾重にも折り重なった日々であった。中学時代の友と紅葉の植物園で笑い合い、報恩講の伽藍に響く読経に耳を傾け、友人の快気を祝って杯を重ねた。智探庵の庭には、二ヶ月ぶりの風が吹き抜け、浅田造園の大将の手で整えられた青苔は、まるで旧友が背筋を伸ばして待っていてくれたようであった。 京都は、ただ美しいだけの町ではない。歳を重ねるほどに、過ぎし日々と静かに語り合う“内なる書斎”のようになる。朝ごとの植物園散歩では、木々の落葉が道にしずかに積もり、踏むたびに薄い音を立てた。あの音は、旅人の心の奥の扉をそっと開く鍵に似ていた。 東京へ戻る列車の窓に映るのは、やがて大きな陰影を従えた富士山である。頂に雪を抱き、ゆるやかに姿をあらわすその巨峰は、人生の折々にふいに訪れる“沈黙の導師”のよ
FacebookShigeo Nakamura
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